月ときなこと宝塚

宝塚は幸せの歌

思い出し『応天の門』①

 『応天の門』『Deep Sea』の千秋楽からもう一週間。東京宝塚劇場では真風さん・潤花ちゃんの退団公演が始まりましたね。宙組の皆さんが心置きなく公演を全うできますように。

 そして月組は『DEATH TAKES A HOLIDAY』の配役も発表されて、宝塚の時間の流れは速いなと思いつつ…私はまだ『応天の門』を引きずっています。ということで、もう少しだけ『応天の門』の思い出を語れればと。もはや観劇時と配信視聴時の記憶が混ざっていますが、お許しを…。あと、ネタバレもあります。

主役のお三方

道真・月城かなとさん

 唯一観劇できた日は2階後方席だったので、「満月をバックに門の上に立つ道真」を見上げることができなかったのですが、配信ではばっちり見られました。

 歌がどれも素敵。冒頭の夢見がちな歌も、最後ここで力を発揮していくぞと決意した後の月夜の梅の歌も。ショーでも思いますが、月城さんの歌は緩急や盛り上がりが絶妙で、感情吐露系ではない歌の中にも物語が動いていて、聴いていてとても面白いです。

 配信の道真で思ったのは、理の通らぬ輩はつい見下してしまうが、他の人には基本丁寧で優しいのだなと。昭姫の店でたいまつを持ってきてくれた羽音みかさんにしっかりお礼を言っていたのが印象的でした。フェアな人だ。

 あと、今回は時間的に難しかったとは思うけれど、道真と業平がバディとして二人で行動するシーンも見てみたかったです。

昭姫・海乃美月さん

 立っているだけで華やかで、唐風の衣装が絵姿のように美しかった。かんざしを挿した華やかな髪型もよく似合っていて。長い髪は、垂らしているときも三つ編み?のときもあったんですね。神泉苑の舞姿も本当に艶やかでした。

 トップさんの役と、恋愛関係ではなく、人間的な心の交流がある…という役もいいですね。千秋楽配信では、なぜか道真・昭姫のデュエットの、海乃さんの歌い出しで泣きそうに。こういう人がいてくれてよかった…と思うと涙腺が緩みがちです。

 最後、斬られたと思ったら無事だった道真が退場して、昭姫と業平が残るところ。大人同士の気持ちのよい距離感が感じられる演技が好きです。あと、昭姫の「すべて終わったのですね」からの流れも。

業平・鳳月杏さん
 存在感があって、本当にスターだな…と。立っているだけで色男。業平は色んな衣装を着ていて眼福ですね。

 業平は高子との関係においては身動きが取れない状況で、道真や基経とは違った難しさのある役だったのではないかと。すごく粗っぽく分ければ、天を仰ぎ見る道真、煉獄に耐える業平、地獄へ突き進む基経…のような三者三様の在り方が宝塚版では面白かったです。その分、業平が心情を吐露する歌は聴いていて何だかホッとしました。

 そして大好きな「月やあらぬ」の場面。私は宝塚の影ソロというものが大好きなのですが、その真骨頂みたいなシーンでした。高子が業平からの歌を読むと、それを歌う業平の声が聞こえてきて、舞台には若き日の業平が現れて舞う。現実には一言も言葉を交わせない二人の間に、歌を通じて今も思いが通い合っているのが目に見えるような、美しいシーンでした。

藤原家の人々を中心に

高子・天紫珠李さん

 藤原の人々に対して気を強くもっているところと、多美子をかわいがる優しいところと、今も業平のことを全然諦めていないところと…という重層的な人物像が好き。

 基経とのシーンは緊張感に満ちていたし、「月やあらぬ」の歌は情感があふれていて、本当に素敵でした。天紫さんのお芝居が好きです。個人的に、グラフやスカステで話す内容がいつも興味深くて、応援しています。ハットのかぶり方とかも惚れ惚れします(完全にショーの話ですが)。

山路・白雪さち花さん

 高子のそばにいるときの居住まいが好き。台詞の言い方も。言葉には出さなくても、高子を心から思っているのが伝わってきます。高子に(業平からの)手紙を差し出して、お辞儀をして去っていくまでの所作が美しくて、見とれてしまいました。

若き日の業平・英かおとさん

 悩める色男。でも高子との駆け落ちシーンでは、それだけではない業平の優しさが見えました。「月やあらぬ」でひとり舞う姿に、大人になった業平の中には今もこの業平が存在しているんだなと思うと切なかったです。

若き日の高子・蘭世惠翔さん

 かわいらしくて幼さすらあるのに、声や表情に激しい気性が見えて、もう見ているだけで悲劇を感じました。ふとジブリの『かぐや姫の物語』のかぐや姫を思い出したり。

基経・風間柚乃さん

 高子とのシーン、吉祥丸の回想、最後の歌の迫力、道真との対峙…どれも最高でした。これまでさんざん書いたのでここでは少なめに…。

 道真の夢のシーンで、牛車から出てくる風間さんが好き。それと、多美子を手に掛けるようなポーズで止まるところ。計算し尽くされた形だと思うけれど、恐ろしくて凄みがあって、ものすごく絵になっていました。ポーズってのは演技なんだなとつくづく。

 あと、多美子の殺害に失敗したあとのシーンで、屋敷の階段に座っている基経。いつもはかちっと正座しているのに、ここでは脚を組むような少し歪んだ体勢で段に腰掛けていて、もう隠すつもりなく「悪」。かっこよかった…。

黒炎・朝霧真さん

 迫力のある「鬼」の頭目。基経との会話の端々に感じる頭の良さに、きっと藤原家の優秀な仕事人だったんだろうなと。二人の会話がどことなくビジネスライクなのもツボ。立ち回りも見応えがありました。

良房・光月るうさん

 揺るぎないお芝居。静かに話していても凄みがありました。誰も信用せず、腹の底に権力欲がうずまき、そういう不穏なものが漏れてくる。

 スカステで光月さんの「サロンコンサート」を見たのですが、色んな作品の役を演じるお芝居コーナーが素晴らしかったです。一言発するだけで情景が浮かび、心情が伝わって、作品の世界に引き込まれる。そういうところが良房の演技にもありました。

良相・春海ゆうさん

 台詞の多い役ではないけれど、良相として必要な存在感が最適な度合いで出ていて、職人のような役者魂を感じました。個人的に、昔『ピガール狂騒曲』か何かでひげを付けていた姿が剣幸さんによく似て見えて、それ以来つい見てしまうジェンヌさんです。

常行・礼華はるさん

 どこか底知れない感じ。今回は多美子思いの兄という側面が主なので、この人がどうやって、ラストの藤原一族の「鬼の牙城」に加わるに至るんだろうと興味が湧きます。毒を飲んで目覚めた後の、白い着流しに紫の着物を羽織った姿がとても絵になって素敵でした。

多美子・花妃舞音さん

 超かわいかった。最後、床の下から変な音がする…とお付きの吉野に訴えるところ。吉野に大丈夫、今度調べましょうと言われて「うん」(「ええ」だったかも)と答える声がかわいくて悶絶。突発的に『川霧の橋』ラストのこだま愛さんから剣幸さんへの「うん!」を思い出しました。なんだよ「うん!」って…とご本人も自覚して面白がってそうなくらいのかわいさ。大好き。

吉野・清華蘭さん

 多美子のお付きの吉野・清華蘭さん。白い着物に赤の袴がよく似合っていて、清々しいほど美しかった。優しくて明るくて、ちょっと楽天的なお姉さん。そんな人が多美子のそばにいてよかった…と、またホロリとしました。

清和帝・千海華蘭さん

 改めて、卒業公演でこの少年役をするのはすごいなと。声も表情も少年帝でした。己の立場を理解しつつも、良くも悪くも空気を読み切れていない生まれながらの王者。黒い束帯の貴族たちの中で、ひとり鮮やかな錦をまとっているのが何だかうれしかったです。

 

また長くなってしまいました。菅家の人々と昭姫の店の人々についてはまた今度。