月ときなこと宝塚

宝塚は幸せの歌

月組『フリューゲル/万華鏡百景色』東京千秋楽

 昨日、月組『フリューゲル -君がくれた翼-』『万華鏡百景色』の配信を見ました。身体的にも精神的にも大変な公演期間だったと思います。休演もありましたが、大千秋楽まで本当におつかれさまでした。

 個人的には、唯一のチケットが公演中止で失われたのが残念でしたが、9月に見た大劇場千秋楽の配信からさらに深化した舞台に心を打たれました。いろんなものを背負って行われたであろう千秋楽を、リアルタイムで見ることができて感謝しています。

『フリューゲル-君がくれた翼-』

 『フリューゲル』は、何かを「信じる」ということが大きなテーマなのだと思いました。同じプロジェクトを成功させるために、思想や立場を異にする人々が互いを信頼するようになる流れを、前よりも強く感じました。

 東のヨナス(月城かなとさん)がなぜ西のルイス(風間柚乃さん)にサーシャ(天紫珠李さん)をすんなり託すのか、どうしてそこまでルイスを信頼できるのか、最初に見たときは少し不思議でした。でも、行動をともにする中で信頼が生まれていたのだなと。

 また、ライブ前にヨナスが拘束されて取り乱すナディア(海乃美月さん)に、ヨナスのことは僕に任せてと約束するルイスと、それを信じて舞台に立つナディアにも納得。改めて、ルイスは東と西をつなぐ信頼の要の役だったのだなと思いました。風間さん演じるこの明るい役に救われました。

 一方、ヘルムート(鳳月杏さん)は信じていたものが崩壊し、自滅していく。でも、それも固く信じていたからこそと思うとやりきれません。つらい役どころの鳳月さんが、『万華鏡百景色』で付喪神になって、最後のデュエットダンスで月城さんと海乃さんの再会まで見届けて笑顔で去っていく姿に、なんだかほっとしました。

 

 分断のドイツを「みんな仲よくなれたらいいのにな」と正直に言えるナディアが好きです。表面的には酒タバコ大好きなわがまま歌手だけれど、芯はフェアな気持ちのいい人。

ナディアに西に来ないかと誘われたヨナスが東にとどまるシーンが心に残っています。

 「この国も悪い事ばかりではなかったんだ。私は共和国を愛している」
 「何が待ち受けていようとも、私はこの国の行く末を見届けたいんだよ」

それから、ベルリンの壁崩壊後の会話も。

 ナディア「これで良かったのよね?」
 ヨナス「わからない。けど信じたい。一つのドイツの未来を」

(『ル・サンク』vol.235)

 9月に配信を見たときはお芝居のセリフとしか思っていなかったのに、あれから色々なことを経た今、この言葉は宝塚に対する私の気持ちそのもののように感じられます。そして私の勝手な想像ですが、今日の公演全体から、月城さんの、そして月組の皆さんの気持ちでもあるのかもしれないと思いました。

『万華鏡百景色』

 お芝居のような、見る詩のようなショー。劇場で打ち上がる花火を見たかった…と思わずにはいられませんでした。

 プロローグで万華鏡をのぞく少女(花妃舞音さん)は、私たち宝塚の観客なのかもしれないなと思いながら全編を見ていました。私たちは美しい万華鏡をのぞき込み、夢のひとときを見せてもらっているのかもしれない。主題歌の歌詞が宝塚そのものです。

 「嗚呼絶景かな 絶景かな
  めいめい咲いては散る花」

(公演プログラム)

 花火師の月城さんと花魁の海乃さんが、悲恋の末に、明治、大正、昭和、平成、令和…と東京で輪廻転生を繰り返す。各場面が少しずつつながっているのもいい。

 印象に残っている場面は「地獄変」。芥川龍之介から絵師良秀にシームレスに変わる鳳月さんと、業の夢奈瑠音さんのダンスが素晴らしい。大殿の蓮つかささん、娘の天紫珠李さん、猿の蘭尚樹さん、業の男役さんたち…みんな巧みで、まさに「業」を見ているようで目が離せませんでした。

 

 それと、今回一番好きな渋谷の場面。まずは引き込まれるカラス・風間さんのダンス。そして月組の真骨頂、お芝居まじりの群舞。大階段いっぱいに広がるモノクロの世界と衣装、辛口の音楽も素晴らしい。

 そこへ帝王のように現れる月城さん、そしてカラスたち。黒い傘と白い傘の意味を知ったときは衝撃でした。絶望と希望の交錯するスクランブル交差点で、一人ひとりが人生に翻弄されている。そこへ一人だけ色のついた衣装の海乃さん。カラスたちが黒の傘を渡そうとするのを月城さんが阻止し、代わりに万華鏡を渡す。

 海乃さんが万華鏡をのぞくと世界に色がよみがえる。振り返ると月城さんはいない。でも海乃さんには笑顔が戻り、前を向いて歩いていく…。海乃さんがラスト、大劇場の配信よりも希望を得た表情をしていたのが印象的でした。

 このシーンは、宝塚が今まで私にくれた希望そのものです。海乃さんの衣装がスミレ色であることも無関係ではないと思います。

 と同時に、その宝塚の劇団員が自ら命を絶つということが起こってしまったのが、どうしようもなく苦しいです。私にとって希望だったものが、絶望の上に成り立っていたのかもしれないと思うと。亡くなった方の無念、ご遺族の悲しみには言葉もありません。

 

 この重い場面から、一気に光の洪水のように始まるフィナーレ「目抜き通り」。胸が震えました。この歌詞がすべてだとも思ったし、それを体現するタカラジェンヌという存在が奇跡のように思えました。自分の中に矛盾があるのを承知しつつ、宝塚がこれからも続いてほしいと思わずにいられませんでした。

 劇団が、非のあったところは認めて謝罪し、改めるべきところは改めていくことを願っています。

 

 今回で退団する蓮つかささん、蘭尚樹さん、水城あおいさん。皆さんの挨拶は、簡潔ながらも舞台に掛けてきた情熱と感謝が伝わってきました。蓮さんの、宝塚の世界が愛にあふれ、夢や元気を届けられる場所でありますようにという言葉が胸に染みます。

 月城さんも言葉を選びながら(何を言っても言わなくても何か言われるでしょうが)、月組を代表して、できるかぎりの思いを伝えていました。おそらく、どう思われることになっても、組の皆さんをねぎらう言葉をかけずにはいられなかったのではないかと。

 タカラジェンヌが安心して舞台に立ち、観客が心から応援できる日が来ますように。